STORY -開発秘話

PROLOG開発秘話プロローグ

2017年初夏。ラケットをぐっと握りしめ、黒いラバーを見つめながら彼は言った。

「これならいけますよ」

卓球プロモーション担当の橋爪は
自分の両腕から首筋にかけて鳥肌が立っていくのを感じていた。

STORY.01高性能ラバー開発の
始まり

ミズノのグローバルイクイップメントプロダクト部用具開発課に在籍する樋口直矢には以前からひとつの考えがあった。ミズノには独自の開発部門があり様々な製品の開発を自社で行っている。開発部門にはシューズを含め様々な製品の開発に携わるゴムの専門家もいる。こうした環境・ノウハウを卓球ラバーに使えないだろうか・・・?漠然としたイメージだったが、プラスチックボールへの変更により選手が用具に敏感になっている姿を見るにつれ「ミズノの開発力を活かしてより多くの選手に貢献するブランドにしたい」という思いが日々強まっていった。また卓球マーケティングを担当するコンペティションスポーツ事業部からも「シューズやウエアをサポートしている選手に使ってもらえるラバーを作ってほしい、その性能を選手の使用で証明しながら多くのユーザーと品質の良さを共有したい」というマーケティングプランを持っていると伝えられていた。そのためには様々な選手のニーズにスピーディーに対応できる開発の仕組み作りが必要だと樋口は感じていた。まずは一枚から作れるラボでトップ選手に対応するサンプルを作り、その評価が良ければ量産へとつなげる全体の仕組みづくりが必要だと考えるようになっていった。

ラバーの性能をコントロールするには「完成形として市場で販売されているラバーが計測でどんな数値を出すか」「どんな計測数値であればどんなレベルやプレイスタイルの選手が好むか」だけでなく「どうすれば計測数値を変化させることができるのか」を知らなければならない。他社品も含め相当数のラバーの性能を数値化していた樋口はプレイスタイル別にトップ選手の好むラバーの傾向は把握しつつあった。そして樋口はこの時点で高性能ラバー開発のためには次のように進めるべきだろうというアイディアを導き出していた。

1.まずエネルギー効率を高める配合開発をラボレベルで完成させる
2.ラボレベルで完成させたその仕様を卓球ラバーとして精度良く量産できる体制を確立する

ここでいう“エネルギー効率の高さ”を樋口は「エネルギー損失係数が低い」というふうに考えていた。例えば台の上に置いたゴムのシートに一定の高さから重量物を落下させる。ゴムの性質上100の高さから落とした重量物が100まで反発するということはない。ある程度パワーを吸収され、例えば70であったり65程度にまで弾む。この場合残りの30ないし35のエネルギーはゴムに吸収され“損失”しているということになる。この“損失”を極力抑えれば、相手ボールのパワーにスイングのパワーをプラスして打ち返すことが可能になる。当然自分の打球も早くなるのでそれをコントロールする技術は必要だがトップ選手が求めるのはそのエネルギー効率の高さだということは解析でわかっていた。逆にエントリー向けラバーと呼ばれるジャンルのものはエネルギー損失係数を故意に大きくすることで“球離れが速すぎず、飛びすぎない=扱いやすい”という製品に仕上がることになる。

しかし描いたロードマップに沿って開発を“スピード感を持って”進めるには課題が多かった。まず開発した配合でサンプルを一枚から作れる体制を確保しなければならない・・・世の中のいわゆる高性能ゴムが基本的には“衝撃吸収・耐久性”という方向に進化していくのに対し、卓球ラバーは反発する方が高性能とされるという点で全く違うゴム製品であり、既存のゴム開発ノウハウがすぐに活かせないという可能性があった。日進月歩の選手の進化でニーズが変化してしまわないかなど様々な思いが樋口を悩ませたが「ミズノの開発力を活かして選手に貢献するブランドになるためにはラバーの本格的な開発が必須である」という思いは日を追うごとに強くなっていった。ラバーはボールが直接当たる唯一の部分で選手に違いがすぐわかるアイテムである。また性能計測値の良いラバーは選手の評価も良いという相関性の高さ。これは「ミズノの研究開発の成果をストレートに選手と共有でき、ミズノの強みを発揮できるアイテムだ」という思いはやがて関連部署の担当者を動かしていくことになる。このプランは樋口を含む企画開発部門をはじめ、研究開発部門、販売戦略を担当する事業部のマーケティング担当者などが次々に参加しプロジェクト化された。ミズノ卓球の大命題を背負ったこのプロジェクトチームは静かに動き出した。樋口の他にはトップシートとスポンジや接着の開発を担うことになる森田と佐藤の2名、そして卓球用具の企画担当者の4名からなる小さなチームであった。

STORY.02住友理工株式会社
 + MIZUNO

ラバーの開発はスタートしたもののプロジェクトチームにはまず最初に取組むべき2つの大きな課題があった。ひとつは「開発スピード」。
もし良い製品が完成しても、開発に時間がかかり過ぎれば時代遅れになる可能性もあるし、他社が想像を超えた新製品を投入してくる可能性もある。

もうひとつは「生産拠点」。
大阪のミズノ本社ビルの中には、樋口が今でも研究開発メンバーとともに多くの時間を過ごす “ラボ”がこのプロジェクトに併せて設置された。しかしテスト用のサンプルを1枚ずつ作ることはできるが販売用の 製品を大量に生産することはラボではできない。多くのユーザーに使ってもらうためには、ラバーを安定して 大量に生産できる生産拠点が必要だ。この2点は自分達で描いたロードマップ通りに進むためにも解決すべき課題であった。 やや専門的な話しになるが、卓球ラバーの開発は、まずラボで作るためのレシピ(配合や焼き時間・温度など)を完成させる “開発ステージ”と、これを実際の販売用に量産体制に移行する“量産ステージ”がある。意 外に思うかもしれないがこの量産ステージへの移行は開発ステージと同等もしくはそれ以上の難易度なのである。 そのため豊富な経験や専門的なテクニックが必要で時間もかかるのが常であり、開発ステージの終了を待ってから 量産体制を整えていくのでは先ほど記述したような“時代遅れ品”になりかねない。プロジェクトチームの危惧はそこにあった。 そしてゴムの専門家集団で量産用の機械を運用するノウハウを持っているところと共同で開発する方が、ミズノだけで進めるよりも結果と して研究開発の成果をより早く、高い次元で再現することが可能なのではないか?というアイディアに行き着いた。この2つの課題解決のため、 チームはパートナー探しに動き始めた。よりスピーディーに開発するためにはサンプルや情報のやりとりのしやすい日本企業の方が良い。 幸い自動車大国でもあり精密機械の製造技術の高い日本にはゴムの製造開発に精通した企業は多い。メンバーは社内外から情報を集め、 卓球ラバーの共同開発先を日本国内に絞って探そうという結論に達した。これはスピード感を意識するチームから生まれた自然な結論と言える。 メンバーは様々な方面のゴムを扱う会社を訪問し、卓球ラバー事業のビジョンと開発ロードマップを説明し、 ミズノが求める性能の数値特性を持ったゴムの開発をしてもらえないかを頼んで回った。 その結果予想を上回る多くの企業が共感し、ファーストサンプルを作成してくれた。樋口はその全てを測定し、 サンプルごとの改善ポイントを伝え、再度サンプルを作成してもらいまた計測とフィードバックを行う・・・ この繰り返しが急ピッチで進められていった。途中で降りる企業も出てきたが、初回サンプルから二度目三度目となるにつれ急激に改善したものを 作成してくる企業がいくつもあったが、その中から開発のスピードや生産・材料調達・ノウハウなどの様々な背景はもちろん、 “卓球ラバーにトライしたい”という熱意も併せてミズノが選んだのが“住友理工株式会社”だった。同社は自動車に多くのゴムパーツを供給し、 世界中の拠点で高品質な製品を生産する“世界同一水準”を謳うグローバル企業だ。自動車のように命を預かる製品に採用されるためには 完全に要求性能を備えた製品を高い再現性で継続生産する技術が必要だ。またオフィス内精密機械(例えばコピー機など)の中のパーツの ような耐久性と繊細さの両立を求められるような製品も生産しており、ゴム本体の材料研究あるいは開発といった組織も充実していて 特に材料開発のスピードに関してはおそらくスポーツ業界の比ではない水準を維持している。ミズノが持つ“選手の感性・フィーリングを 数値化する研究解析・設計能力”と住友理工の“材料開発と生産能力”をコラボさせることで、高性能ラバーをスピード感を持って開発 することが可能になるとプロジェクトチームは考えたのだ。このコラボによる“ミズノ国産ラバー開発プロジェクト”は社内上層部にも承認され、 ここからミズノは住友理工とともにロードマップを歩みはじめる。

STORY.03さらなる先を
目指して

ミズノが目指すのはトップ選手、それも“男子選手”に選ばれるラバーの開発だった。 それが可能になればアベレージプレイヤーに提供すべきレシピにも応用できると考えていた。 樋口が計測し数値化した要求特性を満たすようなゴムの配合開発を引受けたのは、住友理工の間瀬昭雄氏だった。 間瀬氏もまず市場ですでに販売されているもののサンプルを買い集めて分析、そこからレシピを作成しゴムシートに 成形しその性能を計測、樋口が再度それを計測しフィードバックしていくというキャッチボールが急ピッチで進められた。 微妙な配合で性能が変わるため、基本配合とそのアレンジ版もいくつも作成され、例えば「開発番号3/5(基本配合が3種類目の5パターン目)」 のように積み上げられたレシピの数はあっという間に100を越えていった。これほどの数の配合を短期間で試せるスピード感 こそミズノが住友理工に求めたものであった。そしてやがて「これならいけるのではないか」というレシピにたどり着き、 そのレシピを使ってミズノ社内のラボでよく見慣れた“卓球ラバー”の形にしていく作業が行われた。そうしてようやく形に なったサンプルはラケットに貼られ、より実戦に近い状態での性能測定へとステップアップしていく。 ラバーを貼ったラケットを専用の器具で固定、ラバーに卓球ボールをぶつけ高性能ハイスピードカメラで撮影、 スロー再生しながらボールの反発スピード、角度、回転量などを何度も計測した。試験の精度を高めるために樋口は テストに使用するボール選びにも注意を払っていた。大会でよく使用されるボール、市場でよく売れているボールから 種類を決めて大量に購入、その一球一球の飛行性能の安定性をテストすることから行ったのだ。もちろん販売されている 公認球はすべて規格の範囲内での一定の安定感はあるものの、やはりすべてが全く同じではない。このわずかな違いは 数パーセントの性能計測の違いとなって表れ、その数パーセントがラバーの性能に影響を与えてしまう。 そしてこの数パーセントの違いが選手に決定的なメリットやデメリットをもたらす製品が卓球ラバーである・・・ 卓球ラバーとはそのくらいシビアな商品だという感覚を今までの計測結果と実打の相関性から肌で感じていたからこそ、 樋口はテストに使用するボール選びにもこだわったのだ。そのためまずはマシンで打ち出されたボールの挙動のみを ハイスピードカメラで追いかけるというテストを何度も行い、軌道や回転の再現性の高い安定したボールだけをテスト用として抜粋。 選ばれたボールだけを使い、ようやくラバーにぶつける実験へと移っていく。 この時期ミズノ本社ビルの中にある開発用の試験室からは樋口がマシンでボールを打ち出す音が一日中聞こえているということが珍しくなかった。 このテストで良い結果が出たテストラバーは次に社内テスターで実打テストをするに至る。 社内には全日本出場経験を持つ販促スタッフがおり、彼らを試験室に集め卓球台を広げ、そこで樋口の選んだボールで実打を行った。 しかしここでいきなり「これはすごい!」という評価は得られなかった。性能がもっと出ていいはずなのに出ない・・・ 配合?製造プロセス?設計?接着?・・・疑わしい項目をひとつひとつ消していくために住友理工のメンバーを含むプロジェクトチームはさらに奔走していく。

STORY.04「XL(クロスリンケージ)52/3」と
ミズノテクニクス

配合自体の見直しも繰り返されたが、練り上がったゴムを型に入れて熱を加えて卓球ラバーに仕上げていく際の温度、 焼き時間、加えて接着方法などに対しても様々な検証が行われた。配合は良いはずなのに性能が出ない・・・ 樋口は配合を活かすための製造工程を探り当てることに全力を注いでいた。ラバーを作るのはケーキを作るのに似ている。 同じ材料、同じ分量で作っても、材料の混ぜる順番、混ぜる時間やスピード、焼く温度と時間のバランス、ホイップクリームの 塗り方やデコレイトの仕方で食べる人の感覚は全く異なってしまう。材料を最大限に活かす“レシピ”の開発は非常に困難で 試行錯誤の繰り返しだった。

これであればいけるはずだ、これを活かす配合を探そうと樋口がこだわった配合が最終的に採用された「XL(クロスリンケージ)52/3」 つまり52番目の基本配合のパターン3だ。他社品の分析などからこのXL52/3なら必ず高いエネルギー効率を持ちグリップ力も 高い卓球ラバーができるはずだという確信があった。しかしそれができないということは成形する段階での焼き加減であるとか 接着方法によるエネルギーロスであるといった配合以外の要因があると開発チームは考えていた。

ここから数カ月、トライアンドエラーが繰り返され課題はひとつずつクリアされていった。やがてテスターの実打検証でも 高い評価を得られるようになり配合と製造工程の両方、いわゆる“レシピ”がほぼ固まってきた。ここまでの開発経過を簡単に 振り返ってみると次のようになる。

「卓球ラバーの性能分析と“数値化”」→「数値化された目標を実現するための“配合開発”」→「開発された新配合の ポテンシャルを引き出す“生産工程の確立”」

ラボではここまでの成果を引き出すことができたが、もう一つの難関である「量産ステージへのシフト」という課題も さらにスピードアップさせる必要があった。ラボでの製造だけでは市場で売っていくための生産数が確保されない。 また次に向かっての先行開発が量産の期間中全く止まってしまうことになりかねない。

この量産ステージには性能向上が目的の開発ステージとは相反する要素も多く含まれており非常に難しいステージで あることは前にも述べた。配合開発とともに量産化を任された住友理工はゴム製品製造のプロフェッショナルとしてここから 様々なノウハウを発揮することになる。また一方でミズノにもこういった業務のプロフェッショナル集団が存在する。 ミズノテクニクス、ミズノ株式会社の子会社で本社の開発チームと共同で開発を行ったり、製造委託先の工場の品質管理、 完成した商品のグローバルを含めたデリバリー管理などを行っている。住友理工とミズノテクニクス、 この両社間での最大の課題はお互いの業種が違うということであった。開発ステージでもそうであったが量産ステージと なるとこの違いによる微細な食い違いが随所で現れることになる。図面の描き方が違ったり同じ製造工程を表す言葉なのに 業界が違うことで言い方が違ったり・・・細かな業界ごとの文化の違いが多く、打ち合わせを重ねる中でもすれ違い、 思い違いが絶えない状態だった。開発手法、規格の管理、工程管理に対する専門用語などの違いなど一見小さなことでも 動き出してみると大きな問題になりうる課題を探し出し、お互いの文化の違いを埋め合わせていくことが 開発ステージよりもさらにシビアに行われていった。そんな状態であるから必然的に確認作業や打合せが増えることとなり、 毎日何度も電話やメールで確認しあい、頻繁にお互いのオフィスを行き来することになっていった。この量産化ステージを任されたのは ミズノテクニクスのスポーツ用品製造課長の藤元善之と製造課で卓球担当の中村俊太、住友理工は技術課長の吉川武明氏と大山幸男氏である。 車や精密機器のパーツが主力商材である住友理工にとって直接小売店の店頭に並ぶ商品をパッケージに詰めて最終製品にまで 完成させるという作業は初めてのことであり、この部分のノウハウが全くないことも量産ステージを任された両者にとっての大きな課題だった。 品質には直接関係ないように思えるがユーザーにとっての直感を刺激するパッケージの存在は卓球ラバーにとっては大きなものであるが 住友理工にはその製造の実績はない。もちろんパッケージだけにとどまらずラバーにまつわるすべての些細な部分にまで話しは及び、 頻繁に行われた両社の打ち合わせは常に半日以上に及ぶものであった。

STORY.05兆し

2016年も終わろうという頃、ミズノの企画開発チームとマーケティングチームとの間で話し合いがもたれ、国産ラバーの発売は2017年10月と決まった。すでに商品パッケージについての検討も行われ、販売戦略を担当する事業部のマーケティングプランも大枠が見えてきつつあった。

ミズノテクニクスと住友理工の量産チームの共同作業は確実に前へと進んでいたが、発売時期も決まっている状況を考えると決して順調と言えるペースではなかった。品質の再現に対する技術的な難しさの克服と、市場にマッチした価格で販売できるようにするコスト対策という相反する課題に取組んでいる上に、開発チームがギリギリまで更なる性能アップをしようと微細な仕様変更を行いたいという意見にも対応せねばならなかった。

詳細な変更が行われたレシピを使い、樋口はこの頃ミズノ本社地下一階のラボで、毎日のようにラバーを製造していた。改良した製品の性能を確認するためのテスト品と、公認取得のためにITTFと日本卓球協会に提出するラバーを作っていたのだ。ここで作ったラバーは検査機関へ送られプロジェクトチームメンバーは結果が出るまで緊張の数週間を過ごすことになる。

そしてある日、樋口のもとにITTFの公認を無事通過したという連絡が届いた。もちろん精度よく製造したつもりであったし、提出前の計測も十分にしたつもりであったが、やはり自分たちのレシピのラバーが公認を通過したという連絡をもらった時にはほっと胸をなでおろす安堵の気持ちが込み上げてきた。公認通過の知らせは住友理工にもミズノのマーケティングチームにも届けられ「いよいよ近づいてきた」「さあ始まるぞ」という気運が両社の間でさらに高まってきた。この知らせを聞いてミズノの卓球マーケティングチームがまず動く。卓球のマーケティングディレクターであるコンペティション事業部の辰巳彩子はこのラバーの発売を機にミズノ卓球をトータルテーブルテニスブランドに押し上げるべく大きな策を打とうと考えていた。その手始めとしてまず通常の新製品の倍以上の試打用のラバーを発注したのだ。辰巳の狙いは市場にリリースしてからの初速であった。ミズノが住友理工という卓球ラバーを製造するのは初めての生産拠点で作ったものがどういうラバーなのか?その疑問が市場に発生するのは当然のことであると思えたし、それであればその疑問に答えるには実際に体感してもらうのが一番良いと考えたのだ。また発売初月、つまり2017年10月に入荷する数量も従来より大幅に増やす計画を立てた。せっかく市場で注目されるようにマーケティングしても店頭在庫が不足しては販売機会を逃してしまうし期待して店頭に足を運んでくれたユーザーを裏切ることになる。その期待感、市場の初期衝動に可能な限り応えようというミズノの意思を反映させたのだ。

2017年の春、量産機が導入されラインが整った住友理工小牧製作所で本生産と同じ作業工程でラバーを生産するトライが始まった。ミズノテクニクスから得たスポーツ品製造ノウハウがゴム製造のプロフェッショナルの住友理工の技術とコラボレイトしていよいよ動き出した瞬間だった。

こうしてミズノとが住友理工が共同開発した卓球ラバー、その名は「Q3」である。

STORY.06Q = Question

「Q」という名前について書いておこう。

「Q」は“Question”の頭文字だ。この卓球ラバーの登場はミズノから市場に対しての「Question(問いかけ)」なのだ。

最初の問いは“このラバーはどんな人が使うべきラバーなのか?”ということだ。その答えはシリアスプレイヤーである。高いレベルで戦い、さらに上を目指す人が使うためのラバーを開発することを目標として「Q」は開発された。新しく開発された新配合「XL52/3」はエネルギー効率を高めてインパクト時のボールのパワーがゴムに吸収されることを極力抑え、プレイヤーのスイングのパワーをなるべくロスなくボールに伝達する。またシリアスプレイヤーの求めるグリップ力も向上、安定した飛び出し角度を確保している。中陣からでも回転量と飛距離を発揮できるこのラバーは当初目指した男子の上級選手のニーズに応えているはずだ。

次の問いは“なぜミズノが約2年という短期間でこのようなラバーを開発できたのか?”ということだ。その答えはすでに述べている“住友理工との共同開発”にある。今回ミズノが取り入れたラバーの開発のルーティンは以前にも書いたが、要求性能を数値化した際の数値目標達成のための配合開発のスピードを格段に上げることが可能になったのは住友理工の存在あってこそだ。そしてもちろんこの性能のまま量産し続ける能力においても住友理工が大きく貢献していることもすでに述べた。

最後の問いはミズノからの「Q(Question)」はこれで終わりか?ということ。その答えはNOだ。今回発売される「Q3」の“3”はスイングスピードと相手ボールのパワーから導き出されるボール衝突時のパワーを目安として5段階に分けた中の3である。ミズノはもっと強いパワーでボールを叩く選手用のラバーも開発している。Q3でも相当上位の選手にまで対応が可能だが日本一、いや世界一のドライブ・スマッシュを打てるラバーへの探求をミズノはやめていない。

ミズノが新しい生産拠点として住友理工製のラバーを市場に投入することで卓球市場にどんなことが起こるだろうか。辰巳を筆頭としたマーケティングチームは今までにない情報量の発信を試みようと奔走している。ミズノからの発信に注目してほしい。この出来事をきっかけに自分たちも、市場も、トップ選手も、卓球に携わる様々な人が卓球の可能性をもう一度考える“きっかけ(CUE)”になってもらいたいという願いも"Q“という名前には込められている。

STORY.07品質

ミズノブランドアンバサダーの大島祐哉は今年5月末からの世界大会で男子ダブルス銀メダルを獲得、48年ぶりのメダルを日本にもたらした。 このラバーの開発に協力していた彼は、あまりに短い時間でミズノがテストで持ってくるラバーの性能がどんどん上がっていくことに驚きを覚えていたと言う。 しかしながら合格点を出すには微細な違いをいくつか克服することが必要で、今までに他の選手も含めてなかなか自分にしっくりくるラバーを作って もらうということは難しいのであろうというふうに思っていた。

樋口、そしてトップシート担当の佐藤、スポンジと接着担当の森田はこの課題克服のためにラボにこもった。同じ製品でも製品のバラツキの範囲内の 硬度の違いなどでトップ選手は違うものに感じてしまう場合が多々ある。そのため選手用はきちんと同じように仕上がったものを供給しなければならず、 それを大量の完成品から選ぶことでもある程度解消できるが、それを狙って作れるようになることでラボのレベルもアップさせられると感じていた。 選手は大体感覚でテストの結果をフィードバックする。それは特殊な才能に恵まれた選手の特徴でもあり、トップ選手だからといって製造工程を詳しく 知っているわけでもないのだから当然のことである。大島選手の言葉をモノづくりの工程に当てはめるためにどう翻訳してレシピに反映させるのか、 がこの3人の大きな課題であった。ミズノプロモーションチームで大島選手の担当をする橋爪は「これ以上聞いたらしつこいのでは・・・」と 開発チームが心配するほど大島選手とラバーのフィーリングを話合い、こまめにフィードバックを行った。自分でもラボで作られたラバーを試し 「これは大島選手が言っているのと違うと思う」「これは近いのではないか」などの意見を出した。たとえ夜遅くでも、大島選手からのコメントが もらえればラボのメンバーにすぐに連絡を入れた。とにかく一秒でも早く大島選手に使ってもらえるラバーを作りたい・・・その気持ちはラボのメンバーと同様に橋爪も持っていた。

「これならいけますよ」

大島選手がそう言ったとき橋爪は両腕から首筋にかけて鳥肌が立っていくのを感じた。そのためにやってきたのだから嬉しいだけのはずだったが、 いざその瞬間を迎えてみるとこのことをまず誰に連絡すればいいのかわからなくなり、頭の整理に時間がかかったという。

トップ選手に対応するためにミズノ本社ビル内に設置されたラボで樋口やその仲間たちが作り出すラバーでサポートするという体制が敷かれている のも彼の心を動かす大きなきっかけとなっている。多くの選手たちにこういった“きっかけ(CUE)”を作るためにも「Q」を登場させる意義は大きいとミズノは考えている。

このことは住友理工にも即時伝えられミズノ社内でも卓球に携わるメンバーに共有された。国産ラバーの開発に取り組んで以来、もっともたくさんの 「ありがとう!」が飛び交った時間が訪れた。

STORY.08「Q」

もちろんこれでこの物語が終わったわけではない。そのことも以前に書いた通りで、まだ何もかもが始まったばかりだ。

大島選手の使用に至るまでのテストを繰り返す過程でひとつの開発手法が固まりつつある。 本社ビル地下のラボで何枚も焼いたラバーの中から選手の求めるフィーリングを提供できるものを選別、 それと同じものを何枚も作る、あるいは選んでいくという作業は効率重視の量産工程の中からでは非常に難しいものがある。このラボでの開発にさらにスピード感を与え、 またできるだけ正確にラボのフィーリングを保ちながら量産していくというパートを住友理工というゴム製造のプロフェッショナルが引き受ける形でミズノ国産ラバープロジェクトは現在も進行中だ。

当初プロジェクトチームが描いたような「ミズノの開発能力を活かして卓球界に貢献できるようなブランドになる」ことを目標とする場合、 ここまでに培った開発・マーケティングの手法を継承できるようにしていく、ということも当然今後の大事な作業になる。 樋口、佐藤、森田、辰巳、橋爪などを始め、今回のデビューに携わった人間だけがそれを理解しているのでは会社・事業として継続発展させ、 継続的に卓球界に貢献できるブランドに成長していくことは困難だ。大目標に向かってまだまだ道の途中であるということは今回のプロジェクトに 携わったミズノと住友理工のメンバー全員が感じているところだ。

今日現在もミズノと住友理工のコラボレイトは進行中だ。
もっと進化した性能のラバーを作り出すために。
もっと上手にラバーを作るために。
もっと多くのプレイヤーと喜びや興奮を共有するために。

次の「Qestion」が届く日は近い。

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